野宿記 北海道

1986年7月27日〜8月3日

一年振りの北海道である。一年振りではあるが、とうとう私は、社会人となってしまった。
私に与えられたのは、たった九日間の休日。
しかし、記念すべきナナハン一台めとなったXVにも、北の大地を走らすべく、私はまたやってきてしまった。
七月二十五日夜、仕事がおわってから、東京港まで走ってフェリーに乗る。なんとびっくり、 四年前、初の北海道ツーリングの折、帯広駅で会った雨宮氏と再会。氏はW1に乗りかえている。 同行のCB750K0氏と伴に、旧車のツーリングだ。休日も、まったく同じである。おかげで、 はじめての日本沿海フェリーの船旅も退屈しなくて住んだ。

日本沿海フェリー”えりも丸”上で、四年振りの再会の雨宮氏と

フェリー船倉にて、下船前

雨宮氏の友人とCB750K0

早朝の苫小牧、フェリーをバックに

七月廿七日

霧 のち 晴 のち 霧
苫小牧―えりも岬―広尾―湧洞沼
走行290Km
霧のため、着岸が少々遅れる。東京港で早めに乗船したのに、奥の方に入れられて、下りるのも 最後の方。結局八時過ぎとなる。 三人と、もう一人、大学四年の?君と、記念撮影などしてスタート。浜厚真駅のそばの店で、 カップラーメンの朝食。大学生XJ750E君は、北へと向かうそうなので、ここで分かれる。三人で R235を南へ。旧車組は富川で、日勝峠越えへと左折。私も迷うが、当初の予定どおり、えりも岬へ。
また、縁があったら会いましょう。
しばらくは、ゆっくりのペースで走行。霧も晴れ、気持ちよい。四年振りの道である。四年前は逆に走ったが、 天気も悪かった。国道を逸れて、節婦という集落にフラッと立ち寄る。昆布を干している、おじいさんと ちょっと話す。古びた木造の家、時々匂う石炭。北海道の小さな、海沿いの街だった。
北海道の街並は、いつ見てもいいなあ・・・。
晴れていた天気も、浦河を過ぎる頃から、また霧。様似でエンルム岬に行くが、やはり霧。それでも、しばらく ボーっとする。
今日は日曜なので、磯や砂浜は、人がたくさん。この寒さでは泳ぐのは無理だろうけど。四年前より、随分、 明るいイメージだ。
国道をそれてえりも岬に向かう。ちょっと晴れて、もしや、と思わせるが、やはり岬は霧。霧笛が鳴っている。 それでも岬を過ぎると、霧は晴れる。百人浜は雄大でよい。四年前は、雨だった。緑の草地のむこうに、 青い海と、白い波。黄金道路も晴れ。磯景色。コンブを干したり、釣をしたり。
広尾で食料調達、今日は焼肉とする。豊似で、帯広へは向かわず、そのままR336。途中、ダートが十数キロある。 対向車の土ぼこりで、よごれてしまった。国道を右折して、湧洞沼まで六キロ。地元の少年団がキャンプしている。 霧で視界はよくない。海側は風が強いので、ちょっと戻って沼あたりでテントを張る。蚊がよってくるが、センコウを 焚いたら、すぐいってしまった。
ビール、夕食、コーヒー。ボーッとする。この天気ではビールの味もいまいちだが。ここは、静か過ぎる程、静かだ。 魚はいるのだろうか。鳥の声がきこえる。
食後、ねむくなったので、すぐ寝てしまう。
夜中、十一時に目が覚める。海鳴りと、時々パラつく、雨の音。明日も晴れるとよいが。
酒でも飲んで、山頭火を読もう。

節婦の集落にて、コンブ干し風景

日高本線

えりも岬は、やはり霧。しかし海はみえた。

逆さ北海道。視点の違いですね。

岬から、東側にまわると霧が晴れる。

黄金道路も今回は快晴

湧洞沼の岸辺にテントをはる

夕方の湧洞沼

七月廿八日

晴 時々霧
湧洞沼―厚岸―霧多布―別海―走古丹
走行310Km
夜半、小雨がパラつく。七時頃、外をみるが、やはり霧で景色はよくない。なんだか、今朝はやたら眠い。 ゴロゴロ、八時過まで。ようやく起きだしてカレーで朝食。朝早くから、車が行き来している。何かあるようだ。 コーヒー沸かして、ボーッとしているうちに、霧が晴れてくる。バイクで沼のまわりを走る。
緑の草原、牛もたくさんいる。海は太平洋の荒波。車の行き来は、地元の集まりのようだ。みんな、釣りなどしている。 小高い丘に登って、海と沼を一望する。もうすっかり晴れて、沼は青い。
のんびりと時を過ごして、十一時出発。国道にでて、一路、釧路へ。厚岸で、国道をそれて霧多布へ。久々の厚岸の街。 止まりはしなかったが、なつかしい処だ。霧多布までのワインディング、ダートは少々、残っていた。やはり、霧がではじめる。
あやめが原のあやめも、今年はいまひとつ。時季が遅いのだろうか。ひたすら、とばす。火散布沼で、晴れ間がのぞく。琵琶瀬 展望台に着くと、ちょうど晴れて、湿原と浜中の街がみえている。しかしそれも、すぐに霧に覆われてしまった。写真二枚だけ、 急いでとった。浜中の街をぬけて、霧多布岬へ。ここもすごい霧。霧笛が鳴っている。カニとキーホルダーを買う。カニは一匹二百円。 花咲ガニだろうか。
国道にでて、厚床で左折。店で夕食のおかずを買うつもりが、どうもいい物がなくて、別海まで行く。しかし、別海にも、 さしみなどはなかった。今晩は豚汁。道道を120Km/hくらいでとばして、走古丹へ。もう六時だ。草原の中へ乗り入れるが、 スタック!!一人で悪戦苦闘するが、どうにもならない。潮が満ちてきたので、とうとう近くの人家に助けを求める。 晩酌中なのに出てきて、四駆で引っ張ってくれた。家族みんなで助けてくれる。夕闇の中、一時間あまりでやっと脱出。 庭先で、ホースを借りてバイクを洗う。なんと、礼をいっていいのやら。
ランプをつけて、すっかり暗くなってから夕食。流石にビールはうまかった。カニもうまい。長い一日となった。風蓮湖に 沈む夕日も撮れなかった。

湧洞沼。朝になると、霧も晴れはじめる。

沼と海の間をのびるダート

XVも若干改造。バーエンドミラーと、GN400改のリアフェンダー・テールライトをつけた。

沼のまわりには、牛が放牧されている。

丘の上より、沼をのぞむ。

湧洞沼キャンプ場と
バンガロー。

十勝海岸。波は荒い。

火散布沼と火散布の集落

琵琶瀬湿原。晴れ間があっという間に霧となる。

はじめての霧多布岬はやはり霧。

七月廿九日


走古丹―尾岱沼―開陽台―裏摩周―能取湖
走行230Km
昨日助けてもらったXVの身代わりにスタックしてしまったランクルを引っ張り出すということで、五時頃起床する。 トラックで引く予定だったが、組合長さんという人がジープで引いて、なんなく脱出。三人で少々世間話。 お礼をいって、住所と名前をきいて別れる。本当に人家が近くて助かった。(・・・恩人の木村さんには東京に帰ってから お礼にビールを一箱送ったのだが、お返しにイクラを一箱も頂いてしまって、また恐縮してしまった。)
朝食は例によって雑炊だが、あまり美味くない。バイクを磨いて、テントを乾かして、のんびりやる。でも、まだ八時前。 さすがに早く起きただけはある。走古丹でただ一軒の店でジュースを飲む。店のおばさんにきくと、走古丹はハシリコタンと読む そうだ。二年前にGN400改で来たときから気になっていた。
今度は砂洲の先端まで行ってみる。道はかなりよく整備されている。昨日の話だと、九月頃、鮭が来るので、そのための番小屋も ある。途中、恩人、木村さんの一家が網を干している。手を振ってくれる。先端にはキャンプしている人がいた。サロマ湖のワッカの ような、雄大な感じはなくて、ただ茫っとした、とりとめのない処だった。帰りみち、湖のむこうに、走古丹の集落がみえていた。
国道にでて、右折、尾岱沼へむかう。右にオホーツクをみながら、独りで走る。風はつめたい。いいね。このまま、宗谷まで 行きたいね。またツーリングバイク。手を上げる。
走古丹は、こうしたツーリングバイクたちから隔絶されて、ポツンと存在している。木村さん、彼らの暮らしはどんなだろう。 息子さんの好印象が思い出される。
尾岱沼で温泉に入る。二年振りだ。だれも入っていない。平日のためか、昼前のせいか、どうも活気がない。前はホタテやツブなど 焼いて売っていたのに。
標津でR272へ。内陸へ入ってゆく。暑くなる。中標津で右折。開陽台へ。すっかり観光地になっている。道道を走って 清里峠へ。峠という感じではない。裏摩周のダートも、半分は舗装されている。釧北峠を越えた方がよかったかな。斜里岳も、 かすんでいる。R244へでて、網走へ。浜小清水の集落をぬけると、風もつめたくなり、左に濤沸湖が見えてくる。 水辺に牛がいる。しばらく休む。
勝手知ったる網走の街で、買い物。やっと刺し身が食える。能取岬へのダートはまだ、残っていた。途中、一部舗装。 湖岸にテントを張る。夕日はそれほどでもない。ホクレンの給油所でガソリンをいれたら、ミルクランドのステッカーを もらえた。

早朝の風蓮湖、走古丹。

風蓮湖の砂洲の先端

風蓮湖と、むこうに、走古丹の集落

尾岱沼漁港

開陽台近くの例の直線路。

裏摩周展望台

R244より、濤沸湖

北浜駅

三度めの能取漁港

能取湖の落日

七月三十日


能取湖―北見―留辺蕊―足寄―日高―夕張
走行430Km
七時起床。ゆうべは蚊が多くて苦労した。線香を頭が痛くなる程焚かないとダメだった。朝は朝で蝿の来襲。湖は潮が引いて、 かなり湖底がみえている。やがてテントに陽が当たる。暑い。汗だくで出発準備。九時頃出発。
今日はひたすら走るだけだ。国道にでて、そしてすぐ右折して道道を北見へ。双鏡台という展望台がある。能取湖と網走湖がみえる。 かすんでいて、もうひとつ。もう、すっかり暑い。熱風、日差しが肌にヒリヒリする。
北見から留辺蕊までR39。そしてR242へ。いくらか風が涼しくなる。 80〜90Km/hで、何も考えずに走るのみだ。すれ違うバイクもめっきり少なくなる。たまにあっても、ほとんどが単騎。 走り慣れた奴しか通らない道なのだろうか。
足寄で昼食。とうきびを探すがみつからない。またラーメンだ。 帯広も暑くて混んでいるだけだろうから、道道で直接、日勝峠越へとむかう。この道、地図では何でもない道なのだが、 けっこう交通量がある。みんな、帯広をパスして東へと向かうのだろう。影の幹線といったものだ。 小さな店でやっととうきびを食うが、もうひとつだった。おねえさん?のやっている店でトラック野郎の溜まり場のようだ。 おかげでネズミ捕り情報を教えてもらう。日勝道路は、まだダートが残っている。展望台からの十勝平野もかすんでいる。 上りでネズミ捕りをやっていたのには驚いた。パッシングで、なんなく通過。峠はちょっと寒いくらい。越えると過ごしやすくなる。
日高を過ぎて、富内へと左折。MTXで走った道だ。穂別、稲里。本州のような田園風景。R274のダートもまだ残っていた。 紅葉山から夕張へ。清水沢あたりで薬局に寄ってキンカンを買う。キャンプ場を尋ねると、意外にもたくさんある。温泉も近そうだ。 生協で買い物して北上。古い家や、炭鉱の煙突がみえはじめる。石炭のにおい。廃屋。それらをみながら、山をのぼり、キャンプ場へ。 広くて誰もいない。野宿ばかりしていて、こんな広くていい処にくると、かえって戸惑うばかりだ。後でわかったが、 ここはキャンプ場ではないそうな。もう飯も炊けたし、許してもらう。奥のキャンプ場という方では、子供の歓声や、 花火の音がきこえる。間違えてここに張って正解だったようだ。涼しくてビールはあまりうまくない。まあ、風呂上りまで残しておこう。 遠くで鳴っている雷の音が気になるが。

朝の能取湖畔。日差しでテントの中は暑い


夕方、夕張の炭住街

七月三十一日


夕張―美唄―月形―小樽―神威岬
走行372Km
七時起床。きのうの管理人のじいさんが来て、七時半くらいには撤収してくれとのこと。もっとゆっくりしたいのだが。 それにしてもコールマンの調子がよくない。ポンプをかえないとダメかもしれない。このコールマンとも永いつきあいになるからな。 結局出発は九時頃となってしまった。
峠をおりて夕張へもどる。市内をうろつく。市とはいっても、人口は減ってしまって、 単なる田舎町といった感じだが。夕張駅は客車を改造したもので、なかなかよい。「さようなら、国鉄夕張駅」というステッカーを買う。 もう、国鉄ではないのかもしれない。のんきに写真など撮ったが、待合室の人々の表情が暗いのが気になった。 大夕張まで行こうと思ったが、ヤメにする。旧い炭住などの写真を撮りながらまた北上。石炭の歴史村というのによる。 遊園地もついた、総合的なレジャー施設のようだ。リー・リトナーなどが来て、8/10にJazz Festivalが開かれるとある。 炭鉱の街、夕張とJazz。何とも変な取り合わせだが、観光で活路を見出そうとしているのか。800円払って石炭博物館に入る。 石炭の歴史、使いみち、採掘法の変遷、など興味深い。圧巻は、かつて実際に掘っていた坑道の見学だ。 安全のためそれほど深い坑ではないのだが、地底のため圧迫感はすごい。往時の夕張の写真などもあって、祭りともなるとすごい人出だ。 最盛期二十万はいたそうだから、隔世の感がある。
十二時、夕張をでる。美唄にむかう。美唄は、会社の同僚のかわいこちゃんの出身地。R12沿いのけっこう大きな街だった。 物好きだね、俺も。美唄から道道で月形。R275・337・231と札幌を迂回して、小樽へ。海水浴で道が混んでいる。 余市でR229に入ると、やっと気持ちよく走れる。豪快な岩礁風景。美国で生うに丼を食う。1500円と高いがうまかった。 もう五時。今日はこのあたりでキャンプとなりそうだ。神威岬へ行く。駐車場から急ぎ足で三十分程。ちょっとしたハイキング気分。 視界がひらけると雄大。風が強い。人はもう、ほとんどいない。夕日に輝く神威岩を撮る。
キャンプは岬からちょっと戻った砂浜にする。夕食はうに丼を食べたので、ビールを飲むだけだ。夕日は雲に隠れてしまった。すぐ寝る。

民営化された夕張駅は客車を改造したもの

清水沢の炭鉱

夕張の街並


石炭の歴史 博物館


積丹半島、東海岸のローソク岩



神威岬

武威岬に沈む夕陽

八月一日


神威岬―神恵内―長万部―函館―大間
走行298Km
古平までもどって当丸峠を越える。地図ではダートのこの峠も、走ると立派な山間ワインディングとなっていた。 神恵内から海岸線。磯景色が美しい。R5にでて、羊蹄山を左に、ニセコアンヌプリを右に見ながら南下。ひたすら走る。 長万部からは海沿いとなる。交通量も多い。函館でコールマンの修理。ログキャビンのシブい店で、親切なオーナーだった。 記念にステッカーを買う。フェリー乗り場に着くと、思ったとおり旧車組と再会。彼らは青森まで。 私は田沢湖での再会を約して一足先に大間へ。フェリーの中で知り合った北海道の二人と野宿、自炊。 食後の話もなかなかおもしろかった。

西積丹海岸、竜神岬付近

大間への東日本フェリーから函館山

札幌からの二人と、本州最北端、大間崎にて

八月二日


大間―尻屋崎―八幡平―田沢湖
走行?Km
大間から尻屋崎へ。尻屋崎ははじめてだが、よい処だった。田沢湖の雨宮さんの知り合いの民宿をめざす。 途中、アスピーテラインで八幡平。バイクを止めて、少し見物。 無事民宿に到着。今日はみんなで宴会だ。ぐっすり布団で寝る。

尻屋崎へのダートは牧場の中を通る

緑の草地と、海と、灯台 人も少ない。のどかで、ゆったりした気分となる。

八幡平、アスピーテラインにて



八幡平頂上に点在する沼

田沢湖にて、雨宮氏等と再再会

八月三日


田沢湖―東京
走行?Km
高速にのり、雨宮さんといっしょに東京へ。やはり暑い。無事に自宅に到着。

東北自動車道のSAにて。



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